その会社は、北海道ではお馴染みの羅臼産ホッケを加工販売しております。もちろん他にもありますが、ホッケは同社の主力商品のひとつでした。ところで今年は、羅臼近海でホッケがほとんど獲れないそうです。
そんな中、利尻近海の比較的質の良いホッケがあるとのことで、その社長はあらゆる手を通じてなんとか確保しようとしました。すると、それまで一定の数量をまとめ買いし冷蔵庫で保管しておき、使った分ずつ支払う方法を受け入れてくれていた仕入先から、「一括前金で払ってほしい」と言われたとのこと。
やむなく、なんとか銀行に頼みこんで融資を受け、原料魚を確保できました。もともとその会社は、既に目一杯借り入れしており、債務超過にも陥っておりました。そんな中でも金融機関は、原料魚が買えなければ営業もできなくなることに配慮し、無理を押して融資してくれたわけです。
今回はなんとかなったものの、いずれまた原料魚を買う資金が必要になります。しかしもう、借り入れは無理でしょう。
社長は、以前から多少取引があり、たまには経営の話もすることのあった優良企業の経営者に現状を話す機会があったようです。その際に、「出資してもよい」ような話をしてくれたことを思い出し、改めて相談に行きました。
具体的な相談をしてから2度目の話となったとき、その経営者からいくつか条件が提示されました。減・増資して債務超過を解消すること。社長は引き続きやってもらうが、経営に当っては何事もその経営者に相談の上で決めること。これまでは製造・卸・小売を手がけてきたが、製造に特化し、販売はその経営者の会社経由で行うこと・・・などが申し渡されたそうです。
普通に考えて、この申し出は理解できない話ではありません。増資を依頼した社長(相談者)もまだ30代の若さであり、「自分が雇われ社長になったとしても、その実力経営者の指導のもと会社を存続させ、資金のバックアップを得てさらに発展させられるなら、それでもいい」と腹を括ったそうです。
しかしながら、その社長にはひとつだけ、どうしても心にひっかかるものがありました。もちろん、社員やこれまでの取引先、応援してくれた銀行のこともありましたが、それ以上に、創業前から十数年間、社長の相談相手となり、業況の良いときも悪いときも共に喜び共に苦しんで、親以上に親身になって支えてくれた非常勤取締役のことです。
もちろん彼にも、この増資の話を相談しました。その<戦友>ともいうべき非常勤取締役は、「一気に減・増資して経営権を渡すのではなく、もう少し緩やかに進めてもらえないものだろうか」と言ったそうです。
「増資を引き受けよう」と言ってくれた実力経営者は、「会社を乗っ取るつもりはない」と言っていたそうです。しかし実際には、今回の条件提示に従うならば経営権は現社長が確保できない状況となります。
おそらく、<戦友>ともいうべき非常勤取締役は、取締役解任となることでしょう。社長としては、「自社がこうなった責任は全て自分にあるが、どうしても<戦友>の解任は受け入れ難い」と悩んでいました。
実は私も、数年前からこの会社の状況を見聞きする機会があり、その<戦友>のことも知っていました。私は社長に言いました。「その実力経営者に、<戦友>に対する社長の気持ちをぶつけ、経営権の移管時期を少し遅らせてもらえるようお願いしてみなさい」と。
その実力経営者も創業経営者とのことなので、社長の辛さや<戦友>に対する気持ちは理解できるはずと考えました。
社長のその懇願に対して、その実力経営者があっさりとそれを拒否するならば、いくら口では立派なことを言ったとしてもその実力経営者は「それまでの人」だと判断し、その方からの出資を受けるのはあきらめたほうが良いかもしれないと思うのです。
社長は、吹っ切れたような顔をして帰って行きました。これから本当の正念場が始まります。それは、その実力経営者にとっても言えることかもしれません。
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